コラム:あぶないことっていろいろあるよね 『低』、この一字を自分の考え方の中に発見したことが、私の人生を大きく変えました。 『低』があるからこそ、『高』がある。 1980年代の中ごろ、私が30歳を過ぎたころだったでしょうか、私は、このことに気づき始めました。 その後、1990年代になり、明確に、意識し始め、理論を構築したのです。 理論といっても、自分の中だけの一人だけの哲学でした。 自分にとって、『低』こそが、自分らしさを表す概念、いや、コンセプトではないか。 あえて、『低』を志す行き方もあるのでは? この考え方は、私を変えてくれました。 『低』を自分のキーワードとして、生きていくことにしたのです。 その後、数年間、新しい自分が開けるのを実感する毎日でした。 『低』を志すことによって、経験が増し、収入は増え、活躍する範囲も広がりました。 50歳を過ぎ、現在は、まさに、自分は低迷しています。 『低』を自分のコンセプトとするとはいえ、低迷は不本意とするところです。 いまでも、自分の奥底にある、『低』への志は捨てていません。 苦しいとき、『低』の字を思い出し、復活の道をもがいています。