低空思い出-ビリ以外になったことがない徒競走(かけっこ)

子供のころからかけっこは苦手だ。
だから鬼ごっこは、最初のじゃんけんだけはクリアするものの、すぐ鬼になってしまう。
一度鬼になると、休み時間中ずっと鬼のままである。
結局は、ほかのみんなにとって鬼になるリスクが低くなるわけだ。
こうなると、だれもスリルを感じることがないので、おもしろくない、ということになってしまう。
ぼくが、鬼になることは不評だった。だから、ときどき、つかまえられそうな距離にいてもつかまえられないで逃がしてもらえるときがあったりした。
実力で勝負してもらえないというのもいやなものである。

運動会でビリ以外になったことはない。
昭和30年代当時の運動会は実力勝負であったから、有無を言わさず勝負がついた。
何度もビリになっていると、不感症になった。
別にビリでもいいや、かけっこで1番になって何になる?
という自分への言い訳である。

それどころか、ビリから、4位5位になることさえも望まなくなった。
それでも、運動会が近づくと練習したりしたこともあった。
でも、練習そのものが続かない。根性なしなのだ。
まさか、2、3かいちょこちょこっと走ったくらいでビリから抜けられるはずもないだろうに。

小学校6年生のときの運動会はビリから抜け出る最大のチャンスだった。
その年は障害物競走だったからだ。
障害物競走は、基礎体力以外の要素も大きく影響する。
運さえよければ、ビリをぬけられるのだ。
網をくぐったり、はしごの間をすり抜けたり、跳び箱で作った坂を越えたりするのだ。
スタート後、障害物を抜けるのがうまくいき、なんと先頭に立った。
見ていたぼくの母親は興奮しただろう。
現在、老いた母親は軽い脳梗塞だが、あのときの興奮が一因と思われる。

最後の障害は縄跳びである。
これはまずかった。
ぼくは、こういうタイミングをはかる競技?は苦手なのである。
意を決して飛んだが、案の定、なわを踏んでしまった。
いや、なんのことはない、縄を踏んでも、そのまま走ってしまえばよかったのだ。
別に、縄を飛び越えなければいけないなどというルールはないだろう。
縄に触ってしまっても、超えさえすればよかったのでは?

などというのは、まわりの人間が言うことだ。
ぼくにとっては、完璧なクリアこそが求められる唯一の解だった。
すなわち、ぼくは、縄跳びを超えるため、その場で数十回リトライした。

したがって、ぼくは、先頭から、またもやびりになった。
でも、ゴールインしたとき、なぜかほっとした。
これでよかったんだと思った。
自分に一番あっている場所。最下位。
最下位がいるから、1位の栄光を喜ぶ友人がいるんじゃないか。
最下位には最下位の存在価値がある。
小学校6年生のぼくは、そう考えていた。