低空ヴァイオリン-音程のズレがわからない(その2)

あいかわらず、音程の微妙なズレがわからない

耳元でヴァイオリンが鳴ると、どうにもわからない。
これって、歌っているときは音痴に気づかなくて、録音した歌を聴いたとき、初めて自分は音痴と認識するようなものだろうか?
耳音で骨伝道で聴く音には惑わされる。

録音しても、音程のズレがわからない。
これって、自分の発する音については甘く見てしまうということなのだろう。
たとえば、ウチの娘のピアノ発表会の録音は、何度も聴いて初めて、おかしなところに気づいた。
それまでは、いい演奏じゃーん、と悦に入っていたのだ。
自分の演奏じゃないのに。
つまり、ウチの娘のピアノについては、ちょっと甘めに聴いてしまうようなのである。

もちろん、我が子の音楽に他人よりも厳しい耳で対処する人もいるだろう。
だが、ぼくは違う。
自分には甘く、他人にも比較的甘いのだ。
ただし、プロに対しては厳しい。

だから、地元の高校のオーケストラ演奏なんぞには不覚にも感動してしまうが、
有料の演奏会やCDでのプロの貧弱な演奏には怒りを覚える。
****円返せ!といいたくなる。
なぜか、無料の演奏会では、あまり不満を感じない。
つまり、ケチなのだ。

もともと、キチっとしたことが苦手である。
エントロピーが大きいほうが自分にはあっているのだ。
整理された部屋は苦手だし、音楽なら、きっちり弾くことも苦手だ。
いつもで、このくらいいじゃん、という気持ちが先行してしまう。

それなら、ヴァイオリンなんかやめたら?といわれそうである。
ところが、気まぐれにも、ヴァイオリンが好きなのである。

それなら、ヴァイオリンきっちりやれよ。
と言われそうだが、そういう性格じゃない。


と、いうことで、やっぱり、ぼくは、甘い人間なので、音程のズレがわからない。
つくづくだるい人間である。

今日のヴァイオリンBGM