50歳を過ぎて、ますます、忘れっぽくなった
たとえば、漢字を忘れる。
とても簡単な漢字を忘れる。
たとえば、最近は「性質」という漢字が書けなくて往生した。
漢字は、最初の勢いが大事と思う。
筆順の最初のほうで、何か雑念が入ると、あれっ、この字どう書くんだっけ。ということになりやすい。
不思議なことに、書けなくてあせった漢字も、その次の機会には何の問題もなく書けていたりする。
で、また10分後に書けなくなっていたりして、さらに30分後には、問題なく書けていたりする。
これって、「あれっ、何か大事なことをしようとしていたんだけど、あれー?何をしようとしていたんだっけ」と途方にくれるのと似ているような気もする。
お店に到着して、「あれー、何を買いに来たんだっけ?」と、いうのとも似ているような。
老化は恐ろしいものである。
ぼくだけの現象かもしれないが。
ところで、最近は、ひらがなも度忘れすることがある。
ひどいもんである。
ヴァイオリンも似ている。
昨日、けっこうスラスラ弾けた曲が、なぜか、今日は難儀する。
気持ちよく弾けた曲が、今日は、1音1音さぐりながらでないと弾けない。
まるで、退化してしまったかのように。
”そんなことあるかいなーウソやろー”と疑惑を抱く人も多かろう。
”練習不足だろ!”となじる人もいるだろう。
”練習の仕方が悪い”と文句を言う人もいるだろう。
”医学的、科学的に考えてありえない”と言う人もいるだろう。
だが、誰がなんと言おうと、事実なのである。
小学校のころから書けていた漢字が突然書けなくなる一瞬があるように、ヴァイオリンが突然弾けなくなる1日がある。
30分前に弾けていた1節が今は弾けなくなっているということも実際にあった。
かと思うと、以前弾いたものの、すっかり忘れていたと思った曲がなめらかに弾けたりする。
推測だが、原因は、勢いである。何も考えないで弾けるかどうかの勢いの差である。
最初、助走を付けるときに、雑念だかなんだかが脳に入り込むと、とたんに弾けなくなってしまうのだ。
考えようとすると、かえって弾けなくなる。
若い人には想像もつかないことだろうね。
努力してもダメなことってあるものなのだ。
今日のBGM アッカルドのバッハ あっかるいなー。すがすがしいなー まるで青空
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