低空ヴァイオリン-歌とヴァイオリン

最近、花粉症がよくならず、年がら年中鼻づまりで、声もうまくだせないし、セキ込むことも多くて、歌を歌うのは難儀だが、
歌うことは好きだ。

先日も高校の同窓会でカラオケして喝采を浴びた(と、思う)。

が、ぼくの歌には大きな欠点がある。
リズム感が悪いこと、
声の大きさのばらつきが大きいこと。

ところが、多くの人はこれに気づかない。
リズム感の多少の狂いはわからないようだ。
あと、声の大きさのバラつきが激しいこともわからないようだ。
トーシロ相手なら、歌の欠点をごまかすことができる。
アコースティックな場所ではなく、カラオケボックスのような場所だとちょっとしたプロでもごまかされてしまうかもしれない。

20代後半だったか、30代だったか忘れたが、音楽祭だったか音楽コンクールだったかに、エントリーしたことがある。
歌でエントリーした。
テノールだったかなんだったか、昔のことなので忘れてしまったが、エントリーはした。
とんでもないドンキホーテである。

オーディションの日が近づいて、出場をやめることにした。勝手に。
だって、合格するはずもない。
はじめから申し込むべきではなかったが・・・
勝手に舞い上がっていたのだ。

自分の歌を録音してみると、かなり、おかしいが、多くの人はなぜか感心してくれる。
どこがおかしいかというと、長い音が伸ばしきれない。
長い休止符も待ちきれない。
リズム感そのものがよくない。ずれている。
発音の最初が音が小さく、その後ずいぶんと音が大きくなる。
ぅぅううううとか、ぁぁあああとか、そういう感じで歌ってしまう。
たとえると、サイレンのような音でうたってしまうのである。

考えてみると、これが、ほとんどそのまま、ぼくのヴァイオリン演奏に影響している。
歌の欠点をヴァイオリンが実に忠実に引き継いでいる。
つまり、ぼくの脳そのものが、そういう音楽をするようにできているらしいのだ。
なおかつ、ヴァイオリンの演奏は歌うよりも下手である。

なんか、つらいなー
今日のBGM
オイストラフとセルの演奏は繰り返し聞くのに耐える演奏だ
オイストラフの演奏は窮屈さを感じさせなく、何度聴いても新たな発見があり飽きない
セルの伴奏がカッコよい一方で、派手過ぎないのがいい
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
ブラームス:ヴァイオリン協奏曲