低空ヴァイオリン-新しい弓ARCUSのカーボン弓

会場のエアコンの音が妙にうるさかったからイライラした・・・
子供が、クアーという声を挙げたから調子が狂った・・・・
普段着慣れない衣装を着ていたから、緊張した・・・・
ジャケットの肩パッドのせいでヴァイオリンがうまく固定できなかったため、弓の操作が難しかった・・・
エアコンがきつかったせいか、弓が重かった・・・
自分が弾いているとき、会場の座席においてきた財布が気になって仕方がなく、演奏に集中できなかった・・・

このように、
発表会でうまく弾けなかった理由を自分以外の要因に押し付けようとするのは、低空飛行精神のぼくにとっては自然なことかもしれない。
そりゃあ、ぼくだって、本当の原因は百も承知だ。
でも、寅さんじゃないが、それを言っちゃあおしまいよ。
それを言っちゃったら、あまりの打撃の大きさに、ヴァイオリンを続ける意欲をなくしてしまうかもしれない。
ぼくみたいな人間には、逃避は絶対に必要だ。

他のものに失敗の責任をなすりつけようとする。
つくづく、ぼくは小人物であり、低空飛行である。
でも、それで、自分のヴァイオリンへの意欲がいくらかでも長続きするならば、それもありだろう。
なにも、ぼくは、演奏家を目指しているわけではない。
ヴァイオリンは、単なる趣味である。
弾けても弾けなくても失うものは何もない。
だったら、自分の責任を重く見ろとは思わない。
失うものは何もない、だからこそ、むしろ、短絡的に他の要因に責任を押し付けてしまいたいのである。
そうでなければ、ストレス解消の趣味とはならないだろう。
ヴァイオリンで苦しむなんぞ、まっぴらごめんである。

まず、うまく弾けなかったのは弓のせいかも?
と、ぼくは、思った。
そう思うことで自分が救われれば、それでいいとぼくは思う。
そう思うことで自分の真理的な負担が小さくなれば万々歳である。
プロのヴァイオリン関係者には想像もつかないことかもしれないが、ぼくは、そんなふうに思うのである。

そこで、ぼくは、ネットをさがしまわり、
ARCUSの弓を購入した。
10万円を超える大出費である。
でも、これを探しているときはすごく楽しかった。
こんなワクワクドキドキする時間などそう多くはない。

店まで行っても、ぼくじゃあ、どうせえらべない。
気が小さいから店員のすすめるものを買って帰るだけだろう。
卑屈になって、自分が主となる買い物はできないだろう。
そうするってえと、通信販売のリスクと、店で選ぶリスクはそう変わらないだろう、と考えた。
だから、ネット販売で買った。

届くまで、新しい弓を期待したためか、ヴァイオリンの練習にも熱が入った。
練習を毎日やること自体すごい効果である。
これだけでも新しい弓の効果はあった。

昨夜、届いた弓を初めて使ってみた。
手ではじくとカーボンの音がする。
指先でなぞると、鉛筆の芯か、練炭の周りの部分か、そういった感触がある。

この弓は、すばらしく軽い。51グラムとか?
そして、すごく弾きやすい。
腕や指も新鮮な感覚を満喫しているかのようだ。
この軽さとバランスと弾力の強さが刺激となって、ずいぶんと楽しく弾けた。

繰り返すが、ぼくは、演奏家を目指しているわけではない。
ヴァイオリンは趣味である。
だから、新しいクツを物色して買うのが楽しいように、ヴァイオリンの弓をさがしまくって買うのも楽しい。
ヴァイオリンの弓だって、魔法の品ではない。
クツや本や、CDや、PCを買うのと同じである。

発表会が終わって、新たなスタートを切る儀式的な行事としてもバッチリであった。
いまのところ、新しく弓を買ったことは大成功である。

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